皇帝の血を継ぐもの:トウカイテイオーの軌跡

競走馬の軌跡

こんにちは。

競走馬の軌跡シリーズ、今回はトウカイテイオーについてまとめていきたいと思います。
ウマ娘のアニメ、第2期では主人公を張れるほどドラマ性のある競走馬です。

偉大な親を持った1頭の障害について一緒に見ていきましょう。

皇帝の血、帝王の誕生 — 宿命を背負った貴公子の夜明け

1988年、北海道・長浜牧場。

一頭の仔馬が産声を上げ1つのドラマが始まりました。
父はシンボリルドルフ。
母はトウカイナチュラル。

シンボリルドルフは言わずと知れた無敗の三冠馬、G1 7勝の伝説的な馬です。
トウカイナチュラルは競走馬としては1度も出走することなく繁殖牝馬入りした馬です。

そんな両親を持ったトウカイテイオーは、天性の柔軟性を持っており、生まれた瞬間からステップを踏むように立ち上がったのです。
その姿から皇帝と呼ばれたシンボリルドルフを超える逸材として「帝王」の名をつけられました。

その名前から、彼に乗せられた機体は並大抵のものではないのがわかると思います。

伝説の始まり 3歳新馬戦

1990年、中京競馬場での新馬戦。

伝説はここから始まりました。

彼はまるで風と遊ぶように、後続を4馬身突き放して完勝します。
ファンはそこに、かつての「皇帝」が歩んだ王道の再来を夢見ずにはいられませんでした。

1991年 舞台は三冠へ。父と同じ無敗で迎えるG1戦線

新馬戦を見事に制したトウカイテイオーはその後、「シクラメンステークス」「若駒ステークス」「若葉ステークス」も制して4戦4勝。

いずれも2馬身以上を離して危なげなく勝利しています。
そして4戦4勝の無敗で三冠路線へ進むことになります。

世代の頂点へ、帝王の証明

ここまでの圧勝劇もあり、初のG1である皐月賞では1番人気に推されます。

不利な大外18番からのスタート。
好スタートを切ったトウカイテイオーは外側の好位置につけます。
スタート直後は中断につけ、徐々に順位を上げていきます。

1000m付近で5番手集団につけるとそのまま団子状態で最終コーナーへ。
第4コーナー直後に先頭に立つとそこからは他を追随させずに1着でゴール。

三冠の1つを無敗で制し、偉大な父親のシンボリルドルフを彷彿とさせる走りで観客を魅了しました。

早くも世代を代表する競走馬となった瞬間でした。

二冠への挑戦。そして・・・

見事一冠を手に入れたトウカイテイオーが次に狙うのはもちろん「日本ダービー」。

前回に引き続き1番人気に推され、単勝倍率も1.6倍とその人気ぶりが伺えます。
観客は「勝てるのかどうか」というより「どう勝つのか」という期待をトウカイテイオーに乗せていました。

皐月賞と同様に大外20番からのスタート。
スタートと同時に中団につけ、好位置をキープ。
第3コーナー時点で7着につけそのまま少しずつ着順を上げていきます。

最終コーナーを超えて最後の直線になるといよいよ末脚を生かしたラストスパートが始まります。
残り400mくらいで先頭に立つと2着を一気に突き放して圧巻の勝利。

最後は3馬身離してゴールという、終わってみれば危なげのないレースになりました。

ゴールの直後の観客は「ついに無敗の親子三冠馬が見れる」と期待を膨らませました。

しかし、レース後に判明したのは「左後肢の骨折」
それは三冠の最後の1つ、菊花賞を諦めざるを得ない大きな怪我となってしまいました。
こうしてトウカイテイオーの三冠の夢と期待は「無敗の二冠」で幕を閉じるのでした。

1992年 無敗、崩れる

三冠は逃したものの、1991年の日本ダービーまで無敗で駆け抜けてきたトウカイテイオー。

およそ1年のリハビリを経て、G3「産経大阪杯」に出走し、見事勝利。
それはトウカイテイオーの完全復活を世間に知らしめました。

次の挑戦はG1「天皇賞・春」。
迎え打つは前回覇者のメジロマックイーン。

最強の天才 vs 最強のステイヤー

天皇賞・春。
トウカイテイオーにとって初めての3200mの長距離戦。

メジロマックイーンとトウカイテイオーというスター対決ということもあり、ファンの注目はもちろんのこと騎手同士も意識し合っていました。

トウカイテイオーの騎手:岡部幸雄騎手
「トウカイテイオーは地の果てまで追いかけても届かない」

メジロマックイーンの騎手:武豊騎手
「あちらが地の果てなら、こちらは天まで昇る」

騎手同士の戦いもレース前から始まっており、熱狂は更に加速しました。

レース展開は逃げ馬であるメジロパーマーが全団を引っ張ります。
トウカイテイオーはメジロマックイーンの後ろにピタリとつけます。

2頭は徐々に順位を上げて残り1000mでメジロマックイーンが先頭、トウカイテイオーは2番手につけます。

そこからメジロマックイーンはグングンとスピードを上げて、「最強のステイヤー」の名に恥じぬスピードを繰り出します。
一方トウカイテイオーは最終コーナーを抜けてから上がってくることができません。

「トウカイテイオーは伸びない!」

上がってくるメジロマックイーンに対して、伸びてこないトウカイテイオー。
実況も熱が入っています。

トウカイテイオーはどんどん着順を落とし、最終的に5着。
新馬戦から無敗を貫いてきた最強な天才に、最強のステイヤーが初めて黒星をつけたのです。

結局トウカイテイオーはメジロマックイーンの前を走ることは1度もできませんでした。

更に追い討ちをかけるように再び骨折が判明。
左前足の剥離骨折。
またしても長期離脱を余儀なくされてしまいました。

怪我から明けた11月、天皇賞・秋に出走したトウカイテイオー。
逃げのメジロパーマーとダイタクヘリオスに追随する形でレースを展開。
途中まで2〜3着だったもの、最終的には7着でゴール。

2度にわたる骨折。
2度目の敗北。

ファンからは「トウカイテイオーは終わった」という噂が出てき始めていました。

帝王は死なず

天皇賞・秋の敗戦から4週間後の関西されたジャパンカップ。
世界から名だたる名馬が参加するこのレースにトウカイテイオーの姿がありました。

前走は逃げの馬についていっていましたが、今回は4番手の馬群に身を潜めます。
その走りはクラシックレースで勝ってきた勝ち方と同じレース展開でした。

第4コーナーを抜けて先頭集団に追いついたトウカイテイオー。
勝負はゴール板手前までもつれ込みます。
ゴール直前まで勝負を諦めず、「トウカイテイオーは終わった」なんて声を払拭するかのような走りを見せます。

ゴール手前10mほどで先頭に立ち、ゴール板を通過。

ゴールした瞬間、鞍上の岡部騎手は珍しくガッツポーズをしました。
それは「終わった」と見限られてしまったトウカイテイオーの底力を、みんなに見せつけることができたからなのかもしれません。

2度の骨折。
2度目の敗北

それでもなお「帝王は死なず」

ちなみに父であるシンボリルドルフもジャパンカップを制覇しており、史上初の父子でのジャパンカップ制覇となりました。

有馬記念、出走

ジャパンカップで歴史的勝利を果たしたトウカイテイオー。
次に彼が狙うのは年末の最大グランプリ、有馬記念。

前走の勝利もあり、この有馬記念では1番人気で出走します。

期待を裏腹にスタート直後に出遅れてしまいます。
スタートしてすぐは最後方からのレース展開になります。

本来前方でレースを展開させるトウカイテイオーですが、今日は常に後方でレースを展開することになります。

レース展開はメジロパーマーとダイタクヘリオスがが終始全団を引っ張る形。
これは最終コーナーを回っても変わらず、メジロパーマーは最終直線に入ったところでスパートをかけます。

この時点でトウカイテイオーはまだ後方。
ここからの伸びを期待しましたが天皇賞同様伸びを見せることができませんでした。

結局、この有馬記念はいいところを見せることなく11着と今までで一番の下位でゴール。

直後、腰を痛めていることが発覚。
どうやらレース開始直後に痛めてしまっていて、それが影響してスピードが乗ってこなかったようです。
この怪我が影響して、またもや長期の休養となりました。

1993年 リベンジ、不屈の帝王

まさかの敗戦から明け、まずは怪我の治療に専念します。

トウカイテイオーにとって、1993年は怪我と付き合う1年となります。

投票1位の宝塚記念

6月に開催される宝塚記念で、トウカイテイオーはファン投票1位を獲得します。
すでに有馬記念で負った怪我も回復し、参加に向けて調整していたところ、その調整中に悲劇が起きます。

左前足の剥離骨折

3度目の骨折となり、本来であれば引退や種牡馬入りがされるほどの状態でした。
しかし、トウカイテイオーの回復力と瞳に宿る闘志を調教師・オーナーが感じ取ります。
また、岡部騎手から主戦騎手を変わった田原騎手が「またこの馬を輝かせたい」という思いから、引退はさせずに次のレースに向けて調整に入ります。

ちなみにこのレースを制したのはメジロマックイーン。
長距離だけでなく中距離でも戦えるのはさすがですね。

次のレースは

3度目の骨折を経験し放牧を経て秋に厩舎に戻ってきたトウカイテイオー。

日程的に残っている大きなレースは「天皇賞・秋」「ジャパンカップ」「有馬記念」。

《天皇賞・秋》は怪我明けからあまりに日程が短く現実的ではない。
《ジャパンカップ》は去年制した。
目標は必然と去年11着に沈んだ《有馬記念》へと向けられました。

レースは年末、といっても日程的にはギリギリ。
それはろくな調教もできずにぶっつけ本番で臨むことになることを意味しています。

数々の強豪が出場する有馬記念にこの状態で立つことは、誰の目から見てもあまりに無謀でした。

有馬記念、出走

3度の骨折を乗り越えた天才がターフに帰ってきました。

◆JRA公式

◆カンテレ競馬【公式】

今年の有馬記念もライバルは強豪だらけになりました。
・日本ダービーを制したウイニングチケット
・菊花賞を当時のレコードで制したビワハヤヒデ
・去年ビワハヤヒデに朝日杯3歳ステークスで勝っているエルレーウイン
・天皇賞・秋でメジロマックイーンを下して勝利したライスシャワー
・この年のジャパンカップを制しているレガシーワールド
・去年の有馬記念を制しているメジロパーマー

例を挙げるとキリがないが、人気馬はこんなところ。
こんな中でトウカイテイオーは5番人気となります。
1年間出走していないのに、ここまで人気が高いのはそれほどトウカイテイオーの復活を待ち望む人が多いことが伺えます。

前回とは打って変わって好スタートを切ることができました。
スタート直後はメジロパーマーに次いで2着でスタート。
その後、4〜5着あたりで足を溜める形のレース展開。

第3コーナーに入ったところでビワハヤヒデとウイニングチケットのBNWの2頭が仕掛けます。
先頭のメジロパーマーに迫り、第4コーナーを抜ける頃にはメジロパーマーを躱します。

ライスシャワーも迫ってくる中、第4コーナーを抜けると同時にトウカイテイオーが前に出ます。
メジロパーマーを躱し先頭に出たビワハヤヒデと少し出遅れたウイニングチケットの間を抜けてきます。

長距離に強いビワハヤヒデはここから伸びてきます。
菊花賞では最終的に2着に5馬身をつけていることを考えると、距離の短い有馬記念であればスピードはもっと上がってくると考えられます。

そんなビワハヤヒデにトウカイテイオーは全く離されず、むしろ距離を詰めてきます。
1993年を第一線で活躍してきた競走馬に、1年間休養していた競走馬が拮抗しているのです。
そこからもトウカイテイオーの地力の強さが伺えます。

レース展開は最終直線に突入します。
最後はビワハヤヒデとトウカイテイオーの2頭で勝負になります。
残り200mまでビワハヤヒデが先頭を駆け抜けますが、トウカイテイオーもしっかり並んできます。
残り100mを過ぎるとトウカイテイオーが一気に上がってきます。
ゴール板手前で完全に抜き去り、1/2馬身で勝利。

まさに歴史に残る復活劇でした。

3度の骨折を乗り越え、不可能と言われた丸々1年ぶりのレースで、しかもG1を勝ち切るという偉業を成し遂げました。

父と同じ「無敗の三冠馬」にはなれませんでしたが、歴史と記憶を残すことができたトウカイテイオー。
まさに「皇帝」を超えた「不屈の帝王」が誕生した瞬間でした。

今回の有馬記念を制した瞬間の観客の盛り上がりは凄まじく、どれほど多くの人がトウカイテイオーの復活を待ち望んでいたのかがわかります。

「不屈の帝王」が遺したもの

まさに「山あり谷あり」の人生を歩んでいたトウカイテイオー。
その旅路はあまりにも険しく、普通は這い上がることができないほどの苦難であったはずです。

幾度もの骨折をした。
何度も挫折を味わった。
周りは彼を諦めていた。

それでもトウカイテイオーは決して諦めなかった。
何度も立ち上がり最後には頂点に上り詰めました。

彼に宿った不屈の魂は競馬ファンの心に深く刻み込まれました。

彼が見せた「364日目の奇跡」は、たとえどんなに時間がかかっても、信じていれば道は開けるということを、私たちに教えてくれている気がしてなりません。

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